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【発疹チフス】 [obsolete]

『「発疹チフスで死んじゃった。未亡人って簡単になれるのね。僕がけしかけたから責任があるでしょ。だからそのひとを引き受けてやることにしたの」
「あら、変なはなし」と私の家内は言った。
「そうね、僕も変だと思う。だけど変でもいゝでしょう。変でない結婚なんて、無いよ。結婚ってみんな変だと思うの。そうじゃない?……今度連れてくるからお友達になってね。ちょっとイットがあって、色っぽいの。そこが良いんだ。それ丈が取り柄。ほかは何もないんだけど、おかしいでしょう?」』
(「自由詩人」石川達三、昭和31年)

チフスtyphusには「発疹チフス」のほか、腸チフス、パラチフスがある。いずれも隔離、届け出が必要な法定伝染病だが、医学上はそれぞれまるで異なる病気なのだとか。腸チフス、パラチフスが細菌からの感染によるものなのに対し、「発疹チフス」はリケッチア(細菌とウイルスの間ほどの大きさの微生物)による。症状は発熱と、名前の通りの発疹で、媒体は主にシラミ。シラミは不潔な場所に発生しやすく、戦争直後どの家庭にも同居していた。おかげで発疹チフスは大流行した。しかし治療やDDTをはじめとする防疫処置が功を奏して患者は劇的に減っていく。そして昭和31年の1例を最後に、半世紀あまり患者は現れていない。ところが、それから20年あまり経つと、そのDDTが残留毒性の強さで追放されてしまう……。薬は毒というけれどコワイ話である。

「自由詩人」は戦中、そして戦争直後の話。主人公は“私”の古くからの友人である詩人。
学生時代は無口で哲学的な男だった。教師になりその“不潔”さを知って人生の逆説を楽しむようになった。教師を辞め結婚した。そしてひと月で別れた。
詩人はときどき“私”の家へやってくる。ビールを飲み“私”の煙草を吸い、女房を褒め、詩集が売れたら家を建築することを話し、最後に借金をして帰っていく。もちろん借金は返ってこない。そして、ほとぼりがさめた頃、またぶらりとやってきてデジャヴのようなことが起きる。戦時中、招集もされず、国家とも戦争とも無縁の自由詩人だった。
引用は、戦後、詩人が3回目の結婚をすることを“私”の妻に話しているところ。やがて詩人に女の子と男の子が生まれる。詩人は男の子を絵描きにするのだという。それでも相変わらず借金をしにあらわれる。そのうち、3番目の妻は女の子だけを連れて出て行く。50ちかくなった詩人は、今度は20歳そこそこの赤毛の少女と結婚するのだという。
しばらくすると、詩人の弟が訪ねてくる。兄の葬式代を借りに来たのだ。詩人は子供を道連れに服毒自殺したのだった。最後の詩は、苦しむ我が子が自分に助けを求める様子を書いたものだった。
“私”と家内は詩人の葬儀をすませ、火葬場の煙突が見えてくると、ともに涙をこぼさずにはいられなくなるのだった。
「自由詩人」は多くの人間がどこかに隠し持っているだろう破滅志向を抽象して、主人公の詩人に託し描いた物語である。明治、大正、そして戦前の昭和にはまだ生息が可能だった破滅型人間が、戦後、民主主義の到来によってチフスと同じように撲滅されていった。皮肉なことだが、民主主義によって自由が圧殺されたとも言える。


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gutsugutsu-blog

こんばんは、MOMOさん。うん、興味深いなぁ〜。そう言えば”無頼”という言葉もすっかり聞かなくなりましたね。
by gutsugutsu-blog (2006-07-13 22:22) 

MOMO

まったくですね。無頼で聞こえてくるのは、無頼庵ウイルソンとか、無頼庵ジョーンズぐらいですからね。
by MOMO (2006-07-15 21:48) 

gutsugutsu-blog

ぎゃははははは(笑)めちゃくちゃおもろい!あと元近鉄の無頼庵ト!聞えてこないつーの!
by gutsugutsu-blog (2006-07-15 22:07) 

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