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Pretty Boy Floyd [story]

♪ 聞いてちょうだい ここに座って
  でも でも 内緒にしといて
  あなたと 離れられない
  影になりたい 踏まれてもいい
  いままで黙っていたけれど
  ほんとは あなたが欲しい
(「あなたが欲しい」詞・林みずえ、曲・山路進一、歌・大信田礼子他、昭和44年)。

昭和44年、カルメン・マキの「時には母のない子のように」のB面として発売。その後48年に大信田礼子が歌った。大信田礼子は他に「同棲時代」のヒット曲がある。朝丘雪路も歌っている。個人的には大信田盤がBEST(歌のの下手さ加減が妙なリアリティを生んでいる)。ハプニングス・フォーのものは同名異曲。
詞にはそこはかとない同性愛(レズビアン)のにおいがする。主人公は女。その恋人である“あなた”は2番で「薔薇のくちびる」を持っているとか、「睫毛ふるわせて」とか、男とは思えない歌詞が出てくる。作詞者の林みずえは何者なのか、正体不明。山路進一は、昭和30年代後半から40年代にかけて活躍した作曲家で、他には舟木一夫(「北国の街」)や北原謙二(「忘れないさ」)の歌を作っている。

そのアルバイトを採用したのは1週間前だった。
名前は吉元勇人という大学生。細身で小柄なからだつきは19歳には見えなかった。髪は天然ウェーヴのセシルカット。小さな顔で、切れ長の目の下に広がるそばかすという面立ちは、ミア・ファーローによく似ていた。声のトーンも高く、話す言葉も優しい。青年というよりはむしろ少年、いや少女という感じだった。

わたしはこの店の店長。女子大を出て3年。と言うととても優秀に思われるかもしれないが、たんに縁故。叔父が経営するレストランチェーンの数店舗をまかされているだけ。
金曜日、仕事が終わるとわたしは、社員達を行きつけのレストラン・バーへ誘う。月に一度は慰労を兼ねて社員の話を聞いているのだ。これも仕事のうち。まあ、めったにないけど、たまにはつまみ食いもする。もちろん後腐れのない相手とだけど。
数店舗あるので、ほぼ週一で飲み会を開いていることになる。

その日はアルバイターも誘った。そのなかに勇人もいた。
飲み会ははじめこそ、わたしが主導権を取って、社員の不満や希望を聞き出すのだが、誰だっていつまでも仕事の話では白けてしまう。そのうち、あちこちで話の花が咲き始め、わたしはお役御免となる。そんなとき、たいがいは隣に坐った社員とあたりさわりのない話で時間をつぶす。その日、わたしの隣に坐ったのは勇人だった。

「文学部だって? 就職先が大変でしょ?」
「そうかな。大学は遊びみたいなもんだから……」
「そうかぁ。卒業したらお嫁に行くのかな?」
「やだなあ、店長さんたら……」
「じょうだん、じょうだんよ。でも、店長さんってやめてくれない、仕事じゃないし」
「あ、すいません」
「お家、老舗のおそば屋さんだったわよね。あとを継ぐの?」
「あんまり、やりたくないんですけど、他にいませんから……」
「ホント、兄弟いないんだ?」
「いえ、妹なんですけど、ふたりいるんです」
「なんだ、三姉妹ってこと?」
「また言う、尚美さんたら、もう……」

わたし達はその日の1時間足らずのお喋りですっかりうち解けた。勇人がわたしを気に入ってくれたのは、次の日の仕事中、わたしに見せた彼の笑顔と挨拶の抑揚でわかった。
次の金曜日の夜、他の店の飲み会だったが勇人にも声をかけた。思ったとおり、かれは喜んで着いて来た。

わたし達はまた隣同士で、喧噪の中ふたりだけの会話を楽しんだ。同席した社員には勇人がわたしのペットに見えていたかもしれない。
午前2時過ぎ、飲み会は散会した。わたしはいつものようにタクシーでマンションへ帰った。いつもと違っていたのは勇人が一緒だったこと。

目が覚めて時計を見るとまだ午前4時半だった。わたしはパジャマに着替えて、床に敷いた蒲団の上で寝ていた。ベッドを見ると勇人がトレーナーにパンツという姿で背を向けて寝ていた。そうだ、部屋へ戻ってきて、帰るという勇人を強引に脱がせて、ベッドに寝かしつけたのだった。思い出した。
わたしは起きあがり、着ているものをすべて脱ぎ捨てて勇人の背中に貼り付いた。男の背中を抱いたことは何度もあるが、そのどれよりも華奢で柔らかく不思議な触覚だった。勇人が言葉にならない息を吐きながら身体の向きを変えた。うす目でわたしを見て、
「なんだよぉ……」
と言って、わたしの肩を少し押した。その腕をわたしの首のうしろに回させ、唇を彼の半開きの唇に押しつけた。彼はもう抵抗しなかった。

そんなことがあっても職場での彼は、変わることはなかった。変わったのはわたしだった。仕事中の彼を見ているだけで堪らなく抱きしめたくなることがしばしばあった。じつは、あの夜、勇人の男性の機能は役割を果たさなかったのだ。それでもわたしはキスをしながら、彼のスレンダーなからだを抱きしめているだけで満足していた。男ではなくかといって女でもない、中性としか言いようのない勇人の不思議な魅力の虜になっていた。それはもはや魅力と言うより、魔力だった。

次の金曜日の夜中、いつものように飲み会を終えて、わたしは勇人をマンションへ誘うつもりだった。わたしはいささか酔っていた。そして彼の耳元でささやいた。
「さあ小鳥ちゃん、オヤスミの時間よ」
「尚美、ごめんね。今夜はだめなんだ……」
そう言って勇人はいたずらっぽく笑った。
「どうして? なんでなのよ」
わたしの言葉にはハッキリ怒りが含まれていた。
そのとき、爆音とともにライトの光りをまき散らしながらオートバーイがやってきてわたし達の前で止まった。そしてライダーはフルフェイスを脱いだ。
「勇人、行くぞ。早くしなよ」
ビラ撒きのアルバイトで雇った眉の濃い学生だった。勇人はライダーからヘルメットを受け取ると、後部座席に飛び乗った。
「店長さんよお、相手間違えてんじゃねえのかい?」
ライダーが嫌らしい顔で笑った。勇人はもはやわたしのことなど眼中にないかのように、ライダーのからだに手を回し、その背中に頬を押しつけていた。
遠ざかるオートバイの爆音を聞きながら、勇人の小さな肩が愛おしいと思った。そのくせ彼を連れ去ったライダーに対して怒りも嫉妬も感じていないのが不思議だった。


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gutsugutsu-blog

こんばんは、MOMOさん。大信田礼子、”ハマグレおリカ”ですね。「ズベ公番長」シリーズが好きでしたが、はっきり言ってあんまり面白くはありませんでした。まあ大信田礼子が出てるだけでOK!って感じでした。今回のお話を読んだ時、時代設定が昭和44年頃ならと思い出したのはホモのHOW TO本を第二書房なるところから出していた秋山正美でした。秋山正美は小説も書いていて、主に幻想・怪奇ものが多かったように思います。本の装丁も素晴らしいものでした。特に本人による挿絵などは絵柄は違えども竹中英太郎並に素晴らしかったのを記憶しています。
by gutsugutsu-blog (2006-07-10 19:52) 

MOMO

相変わらずの博覧強記ただただ感心しております。秋山正美というひとは初耳です。名前はインプットしましたので、縁あれば読む機会があるかもしれません。
by MOMO (2006-07-11 22:07) 

gutsugutsu-blog

そこそこのいい年ですが社会一般の事はなぁーにも知りません(笑)
知ってる事と言えば生きていくのにまったく役に立たない事ばかりです。
秋山正美、なかなか入手は難しいかも知れませんが、あの時代にホモセクシャルを扱ったものを書いたことは美輪明宏並にすごい事だと思います。縁がございましたら、是非ともお読み下さいませ。僕は手放してしまいましたが「葬儀のあとの寝室」がオススメです。
by gutsugutsu-blog (2006-07-12 02:58) 

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