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【蟇口(がまぐち)】 [obsolete]

『紅い林檎を白く剥いて煮ると……それを氷に冷やしてきらきら光る匙に取ってやると、うつつのようになっている熱の子どもは乾いたくちびるを明ける。「おいしい」と云ったっけ。みとるということをほとんど知らない米子のような母親を持って不二子はあわれだ、と往来で梨花は感傷にふける。自分の蟇口には五百円札一枚と銅貨が二ツ、そして林檎は一個二十円としてあった。』
(「流れる」幸田文、昭和30年)

「蟇口」(蝦蟇口)は口金の付いた銭入れで、今ではあまり見かけない。その口金がガマガエルの口に似ているところからその名となった。もちろん昭和30年代にはすでい折りたたみ式の財布(札入れ)があったのだが。蟇口は布製、皮製、洒落たビーズなど様々な素材のものがあった。開け閉めするとき、「パチッ」と金具が交差する音が何ともいえず心地よかった。その金具の部分は今の財布にも活かされている。
現金よりもカードが幅をきかせる昨今、廃物とならざるをえないのかもしれない。小さめのもので小銭入れとしてならまだ利用価値があると思うのだが。

幸田文は明治の文豪・幸田露伴の娘で、晩年不遇だった露伴を看取ったのち文筆を始めた。
「流れる」は初の長編小説で、そのとき51歳だった。
芸者屋へ住み込みの女中として雇われた中年女が見た花街の世界と、そこに生きる女たち。テレビの「家政婦は見た」のようにたいそうな事件が起きるわけではないが、凋落していく置屋に出入りするリアリティに富んだ芸者たち。人物ばかりでなく、芸者屋の大道具小道具までが独特の観察力と感性によって描写されている。そして、主人公である女中になぜか教養が備わっていて、それを見せびらかさず、かといって出し惜しみせずというところが、魅力的なキャラクターになっている。
昭和31年に東宝で映画化。監督・成瀬巳喜男、主演・田中絹代、共演・山田五十鈴、高峰秀子、岡田茉莉子他。


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はじめまして。写真がかっこよくてnice押しました。
あんながま口だったら欲しいかも!
幸田文の「おとうと」は読んだことあります。
結構現代の家庭の事情と通じるところがあって惹かれました。
by (2006-07-08 15:43) 

MOMO

アコさんどうもありがとうございます。

ずいぶん古いガマ口です。以前一緒に暮らしていた人が作ったものです。なぜか中に古銭がぎっしり詰まっていました。いつ取りにくるか分かりませんのでそのままにしてあります。
幸田文といえば「おとうと」ですね。映画にもなりましたね。市川崑監督で、弟は今は亡き“川口隊長”が演じてました。“ねえ公”は岸恵子だったと思います。モノトーンを狙ったカラーが印象的な映像でした。
今後ともよろしくお願いします。
by MOMO (2006-07-08 22:35) 

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