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【つばめ】 [obsolete]

『……口を半開きにし、そして首をそんな角度にして曲げると、佐介はふだんよりもっと頭でっかちに見える。佐介はつばめが好きだったし、またつばめが飛ぶ季節が好きだった。つばめはほとんど空気の抵抗を感じていないような飛び方をした。
「つまり」鞄をぶらぶらさせて道を横切りながら佐介はぶつぶつと呟いた。「あれなんだな。つまり、あれだ」』
(「砂時計」梅崎春生、昭和30年)

「つばめ」を見なくなってから久しい。緑の乏しい街に住んでいるからだろう。まだ自然のたくさん残るところではあの華麗な飛翔が見られるのだろうか。
かつて「つばめ」は日本人にとって、スズメやカラスとともに親しみのある鳥だった。佐々木小次郎の秘剣「つばめ返し」は子供たちをワクワクさせたし、新幹線が走る前の特急といえば「つばめ」が人気だった。また、町内のどこかに必ずといっていいほど「つばめ」の巣があった。
越冬つばめもいたが、多くのつばめは渡り鳥だ。寒くなると日本から離れ、インドやマレーシアへ渡っていく。そして春になるとまた日本へ戻って来たのだが、その数がだんだん減っていった。農薬による害虫駆除(つばめの餌)が原因だと言われている。
いま都会ではカラスとハトが、人間との共存を訴えている。しかし、人間はそのゴミ荒しとフン害に脅威を覚え始めている。残された都会の鳥もやがて人工淘汰されてしまうのだろうか。レイチェル・カーソンは「沈黙の春」の中で、われわれに鳥の囀りが消えた田園をイメージさせた。現代の日本において将来、鳥類ばかりでなく(野犬も減った)、蝿、蚊など人類以外の生物の影が消え去った街をイメージすることは、さほど空想的なことではない。

その「つばめ」が随所に登場し、まるでその素早い飛翔が、愚鈍な人間と対蹠的な存在であるかのように描かれているのが梅崎春生の「砂時計」。
この作品は昭和29年から30年にかけて雑誌「群像」に連載された長編。著者が「ボロ家の春秋」で直木賞を受賞したのは、その連載中。
「砂時計」は白川研究所という“会社ゴロ”と、ひとりでも多くの在院老人を殺すことにやっきになっている養老院と、ふたつの会社に在籍する主人公・佐介と、それを取り巻く人々の話。主人公はほかに、カレー粉工場が付近にまき散らすカレーの粉と匂いが公害であることを訴える抗議運動にも没頭している。その養老院とカレー抗議同盟を舞台にして、現実と非現実の中間を彷徨うような話が展開されていく。とりわけ、カレー抗議同盟と反動分子との大乱闘劇や養老院で、経営者たちが野犬に襲われる修羅場は、そのあまりの凄まじさに、思わず笑ってしまう。
カフカや安部公房とはまた異なった、特異な梅崎ワールドは、読む者をその世界にひきずりこみ、十分に陶酔、堪能させずにはおかない。


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