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Somebody Loves You [story]

♪ うす紫の藤棚の  下で歌ったアベマリア
  澄んだ瞳が美しく なぜか心に残ってた
  君は優しい 君は優しい女学生
「女学生」(詞・北村公一、曲・越部義明、歌・安達明、昭和39年)。

大胆にもチャイコフスキーの「白鳥の湖」やイヴァノヴィッチの「ドナウ河のさざなみ」のさわりを前奏や間奏につかった甘いメロディーが印象的な歌。舟木一夫や西郷輝彦が主流だった青春歌謡のひとつ。大ヒットまではいかなかったが、この歌が好きだという男性は結構いる。安達明はコロムビアレコードが第2の舟木一夫と期待した歌手で「潮風を待つ少女」でデビュー。
当時の女学生といえばセーラー服。スカートの丈は膝下。ソックスは短い白。髪はお下げが多く化粧もしなければ、眉も剃らない。それでも可憐であったのは今と同じ。ただ、今の女学生はケイタイで彼氏を呼び出す、昔の女学生は憧れの君にラブレターを書く、それでも出せずに机の中。それぐらいの違いはある。

「いらっしゃい。お久しぶりです」
『いやあほんと、ご無沙汰になっちゃったなあ……』
「今年はじめてじゃないですか?」
『そんなになるかねえ。近くまで来ることは何度かあったんだけど、なかなか……』
「お忙しそうで、何よりですよ」
『忙しいんだか、要領がわるいんだか……。それはそうと、ボトルもう期限切れだよね』
「いえ、ウチは無期限ですから」
『ウレシイこと言ってくれるねえ』
「ウチは綺麗な女性がいるわけじゃないし、気の利いたバーテンがいるわけじゃないですから、そのぐらいしないと誰も来てくれません」
『良く言うよ。そんなこと期待してここへ来るわけじゃないよ。なにしろ普段からモテモテで女かき分けながら生きてるもんで、たまにはこういう色気ぬきの所へ来ないとね』
「身が持たない、ですか?」
『そうそう、そいうこと。分かってらっしゃる』
「そういえば、いつものお連れさん、近藤さんでしたっけ。今日はご一緒じゃないんですね」
『そうなんだよ。それがね……』

海老原さん。苗字だけで名前は……忘れた。隣町にある塗料メーカーの販売部長さん。4年ほど前からウチの店へ来るようになった。話し好きな人で、野球、ファッション、映画、音楽、何でもよく知っている。ただし、すぐに古い話に脱線するのでなかなか着いていけない。最近わかったことは、海老原さんはタイムスリップするために、こんな古い店へ来るのだということ。そういうお客さんは少なくない。

去年までは、月に2、3度顔を出していた。そのうちの2回に1回は近藤さんていう人と一緒。なんでも、海老原さんとは学生時代からの友人でフリーのカメラマンだとか。縁がなくていまだに独身だとも。
海老原さんとは対照的で、近藤さんは聞き役。いつも笑みを浮かべて話を聞いている。そしていいタイミングでボソっと気の利いたことを言う。絶妙のコンビだった。海老原さんが小柄でホッソリしているのに対し、近藤さんは180センチを超える長身で、髪ボサボサ、髭モジャモジャのビッグフットみたいな人。外見も好対照だった。

海老原さんの話によると、その近藤さんが昨年の暮れ、ガンで胃を全摘したとか。あのクルマにぶつかっても平気でいられそうな人が、わからないもんだ。海老原さん、手術前には何度か見舞いに行ったそうだが、手術が終わってからはまだ一度も行ってない。電話では何度も話しているそうで、それによると、「干物みたいに痩せちゃった姿を見せたくない」のだとか。男同士でもそんなものかなあ。そう言われれば、近藤さんって見かけと違ってシャイな人だったな。いつだったか、たまたま隣に座った女の客に話しかけられたとき、真っ赤な顔してたもの。

『そうなんだよ、ヤツは女にはからっきしダメ。だから、何度見合いしてもうまくいかない。まあ、短い時間でアイツの良さを分かる鋭い女がいないってこと。……でもさ、あんな顔しててもよ、中学と高校のときの2回告白されたことがあるんだってよ。中学のときはさ、放課後、校舎の裏で手紙を渡されたんだって。ヤツに言わせると「人生、最初で最後のラブレター」だってよ。ハハハハ……。えっ? どうなったかって? そこがヤツのダメなところでさ。それっきりだって。多分、ヤツから尻込みしちゃったんだろうな。そのくせ15、6の少女みたいに未だにその想い出を大事にしてる姿なんてのは、端にいるこっちが恥ずかしくなるほど、羨ましいよ。ハハハハ……』

世代は違うけど眩しい話だよね、近藤さんの話。純情っていうのかな。いまどきみかけないもの、そういう人も話も。

「それで、経過のほうはどうなんです?」
オレは今つくったテキーラ・サンライズを、海老原さんの前へ差しだしながら訊いた。
『なんでも、体調はいいらしいよ。ようやく新しい胃もできてきて、体重も増えてるってさ。仕事もぼつぼつ始めるって言ってたし。以前ほどは飲めないだろうけど、まあ来月あたり、またここへ来られるようになるんじゃないかな。』
「そうですか。それはなによりですね。近藤さんとの掛け合いを聞けないっていうのも寂しいですから」
『なんだよ、俺たちは漫才師じゃないっつうの。ハハハハ……』

ほんとに漫才師みたいな名コンビだな。ひとりが欠けると、もうひとりも元気がなくなっちゃう。今度、近藤さんが来たら、まだ聞いていない高校時代のもうひとつの告白話っていうのを聞いてみたいな。
ああゝ、オレも洗濯してアイロンでもかけてみっかな。その純情ってヤツにさ。えっ? そんなものとっくに失くなっちまってるだろうって? そうかもなあ。まあ、今度の休みにでも地元へ帰って探してみっか、どこかに畳んでしまってあるかもしれないから。


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