SSブログ

【コケティッシュ】 [obsolete]

『……彼女は瞬間富子の顔に拡がった赧みを見逃さなかった。それが何を意味するか、彼女には、容易にわからなかったが、とにかくそれは彼女がこのコケティッシュな従兄の嫁にこれまで一度も見たことのない表情であった。』
(「武蔵野夫人」大岡昇平、昭和28年)

「コケティッシュ」coquettish は戦前から小説の中でよく使われていた言葉で、女性に対して「色っぽい」「艶めかしい」「魅力的」などという意味をもつ。
「武蔵野夫人」の中では、他に、「コケット」、「コケットリイ」という言い方で出てくる。他の小説にもよく出てくるが、全体的にあまり肯定的な意味では使われていない。たいがいは、浮気相手だとか、色気を過剰にふりまく女だったり、どちらかというと、男にとっては魅力的な女であっても、女にとっては“女性の敵”というニュアンスで使われることが多い。
もう廃語かと思っていたら、先日TVであるタレントが使っていたので驚いた。ちょっと意味が違うようにも思えたが。
コケティッシュに替わる気の利いた言葉は見あたらない。

小説において“不倫”はインパクトの強いツールのひとつだ。
豊かな自然に囲まれた武蔵野で隣接する2組の夫婦。主人公の道子は古風な考えの女。もうひとりの富子は奔放な精神の持ち主。それぞれの夫婦が、おたがいに一緒の空間に身を置く以外は夫婦としての意味を失っている男と女。道子の夫は富子に惹かれていき、そのことを妻に対して隠そうとしない。そこへ、道子の従弟である勉が復員してくる。こうして物語は5つ巴で展開していく。とはいえ核になるのは道子と勉の“許されざる愛”である。
結局最後は道子の死によって物語は終わるのだが、それを勉に告げに来た富子の夫が、知らせる前に小説は終わってしまうのである。そのことを聞いた勉が“一種の怪物に”なるだろうことをにおわせながら。
小説の魅力は主人公の魅力でもある。「道徳だけが力なのよ」という武蔵野夫人つまり道子は、実はそれ以上に強いものが“誓い”だと勉に打ち明ける。5人の中で最も情熱や欲望に流されることなく、冷静に生き、そして冷静に死を選んだ人物・道子を愛おしいと思う読者は男ばかりではないのではないか。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

【押売り】【リンゴ箱】 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。