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Let's Spend The Night Together② [story]

♪ 淋しさにひとり書く 置き手紙
  あて先は ほろ苦い友だちさ
  横書きの 白い地の便せんは
  愛を記したときもある
  
  バイバイまだ 夢のようさ
  バイバイきみ ドアを閉めて
  思い出の 紫蘭の花
  庭のすみに 埋めたよ

  バイバイきみ すぐに行くよ
  バイバイバイMy LOVE 
  きみと同じ とこへ
  バイバイMy Love 夏になれば
  きみのいる ところへ
(「君に捧げるほろ苦いブルース」詞、曲、歌・荒木一郎、昭和50年)

深秋の午後6時ともなると、町はすっかり闇に包まれてしまう。私はJRのT駅で降り、昔の記憶をたどりながら、A町の割烹「忍田」を探した。町並みはずいぶん変わってしまっていたけれど、道筋は昔のままだった。「忍田」はすぐに見つかった。

仲居さんに案内されて座敷の襖を開けた。三つの顔がいっせいに私を見た。幹事の篠塚はすぐに分かった。しかしあとの男と女の二人は見覚えはあるのだが名前が出てこない。
「よお、来たな。待ってたよ」篠塚に言われて私は女の横に座った。斜向かいの篠塚が私の前の男を示して「コイツ、誰だか覚えてるだろ?」と訊いてきた。私は困った。そのときその男がビール瓶を私に向けて、「前野、まあとりあえず一杯」と笑顔で言った。私は素早くコップを差し出した。「清田だよ」と篠塚が教えてくれた。
思いだした。よく学校を休むヤツだった。家が商店街の肉屋だった清田文雄だ。そういえば、よく篠塚とふたりで連んでいたっけ。それをきっかけに私の記憶が超高速で巻き戻り、30数年前の3年7組のさまざまな情景が浮かんできた。

「そうか、あんたは岡田美智子さんだったよな」
「うれしいわ。思い出していただいて」
隣りの女は心底嬉しそうに言った。その笑顔が驚くほど若々しかった。
岡田美智子。貧しい家の娘だった。みんな貧しかったけれど、彼女の家は母子家庭でことさら貧しかった。いつもボロ布のような服を着ていた。勉強も下から数えたほうが早いぐらいで、いるんだかいないんだか分からないような存在だった。あの岡田美智子がこんなに……。そう言われてみれば、身なりが汚く陰気な性格だったけれど、目鼻立ちは決してわるくはなかった。
「さあ、全員揃ったところで改めて乾杯しよう」
篠塚の音頭で乾杯した。そして、昔話がはじまった。しかし、私には少し違和感があった。全員って4人しか来ないのか……。先生も欠席?。楽しみにしていた同じサッカー部の高山や諏訪も来てないし、あの頃胸をときめかしていた憧れの五十嵐鈴江も来ていない。今日出席している篠塚をはじめ、清田も岡田も、在学中はほとんど口をきいたことのない人間だ。

「前野さん、わたしずっとあなたに憧れてたのよ」
美智子がビールを注いでくれながら、媚びを含んだ声で言った。
「よおよお、さっそく告白か。いいよなあ色男はよ」
清田が茶化した。
「しかたないわよ。本当のことなんだから。ねえ」
「ええ? それは全然気づかなかった。残念だなあ、あの頃言ってもらえばなあ……」
「ウソばっか。あなた五十嵐さんが好きだったんでしょ? ちゃんと知ってるんだから」
「そうそう、五十嵐鈴江ね。彼女、フランス人と結婚したんだってさ」
篠塚が言った。
「違うよ、たしか相手はイタリア人だって聞いたぜ」
清田が反論した。
「いや、間違いないよ、フランス人だよ。だってさ……」
ふたりの間に小さな論争が起こった。

「わたしね、今、ここでお店やってるの。もし、時間があったらいらっしゃって」
そう小声で言うと、美智子はそっと名刺をテーブルの上にすべらせた。その名刺には新宿の住所と「ワルツ」という店の名前、そして須藤ミチという名前が印刷されていた。
「へえ、今は須藤って言うんだ」
「ふふふ……。今じゃなくて昔。一時的にね。今はまた岡田に戻ってるの。でも、しばらく使っていた名前だから変えるのも面倒だし、そのままにしてあるの」
そう言ってグラスのビールを干す美智子の横顔は、視線を移すのを忘れるほど美しかった。

結局その後、私たち4人は焼鳥屋の二次会で盛り上がった。楽しい時間を過ごした分、酒量も上がり、どうやって家へ帰ったのか明瞭り覚えていなかった。

目が覚めたのは翌日、つまり土曜日の朝だった。パンとサラダで遅い朝食を摂りながら、不思議な感覚を覚えていた。死ぬはずの日に、久しく感じなかった享楽を味わうとは。もしかしたら、死んではいけないという何かのサインなのだろうか。そんな都合のいい考えが気分を支配してきた。
熱いコーヒーが喉を落ちると昨晩の酒宴が蘇ってきた。岡田美智子の笑顔が脳裏に貼り付いて離れなかった。その時ふと欠席した高山の顔が、中学生の頃のままで頭に割り込んできた。昨日電話が通じなかったことも気になっていたので再び電話をしてみた。

「はい、高山です」
電話の向こうから懐かしい声が聞こえた。彼も私の声に吃驚したようだった。私は昨晩の同窓会のことを話し、彼に会いたかったことを伝えた。すると高山は「からかう気かよ」と少し怒気を含んだ声で言った。その意味が分からず、なおも昨日の話を繰り返すと今度は声を震わせながら言うのだった。
「前野……、よく聞けよ。篠塚と清田は去年、一緒に旅行したインドネシアで事故に遭って死んだんだよ。岡田美智子は6年前、可哀想に元の旦那に刺し殺されたんだ。君はほんとうに知らなかったのか?」
信じられなかった。篠塚も清田も、あの岡田美智子までこの世のものではないのか。私は幽霊たちに招待されたのか。そんなはずはない。ではこれはなんなのだ。私は手にした須藤ミチの名刺を改めて見なおした。

その名刺を頼りに私は新宿の夜を彷徨っていた。灯りが途絶えた街角を曲がると「ワルツ」という赤い字で書かれた小さな看板が目に入った。やっぱりあった。私はこころもち早足で店に近づきドアを押し開けた。
「やっぱり来てくださったのね。ウレシイ」
薄暗い店内のカウンターの中から岡田美智子が笑顔でそう言った。そして、後ろでドアがバタンと音をたてて閉まった。


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