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Let's Spend The Night Together① [story]

♪ 淋しさにひとり飲む コーヒーは
  挽きたての ほろ苦い味がする
  ゆきずりの 夜に買う綿あめは
  きみと愛した味がする
  
  バイバイまだ 夢のようさ
  バイバイきみ ドアの外の
  気に入りの 紫蘭の花
  きのうの朝 枯れたよ
  
  バイバイMy Love 長すぎた
  バイバイバイMy LOVE 
  僕の歌も やがて
  バイバイMy Love 終わるだろう
  バイバイバイMy Love もうすぐ
(「君に捧げるほろ苦いブルース」詞、曲、歌・荒木一郎、昭和50年)

ラジオから荒木一郎の「空に星があるように」(昭和41年)ながれてきたときは少々驚いた。いままで聴いたことのないフィーリングの日本の歌だったからだ。
彼はマイク真木(バラが咲いた)、ブルー・コメッツ(青い瞳)、加山雄三(君といつまでも)と同じ年に「空に―」をヒットさせている。つまり、日本の流行歌が、フォーク、GS、歌謡ポップスと入り乱れた混沌の時代に出て来たのだ。とくに加山雄三とはよく比較された。動の加山に静の荒木。加山が夏なら荒木は秋。というように。
しかし作詞作曲歌唱をこなすのがシンガーソングライターだとすると、荒木一郎こそその先駆けだったのではないだろうか。岡林信康やジャックスの早川義夫が出てくるのはその2年後なのだから。
「君に捧げるほろ苦いブルース」はその「空に星があるように」から9年目の作品。この歌は詞を読むと分かるように、死んでしまった彼女を想う歌である。のちに作られたアリスの「帰らざる日々」は、これから自殺しようとする女の歌だが、曲調や歌詞が似ているとクレームがついたとか。これは余談。
ところで、彼が何をヒントにこの歌を作ったのかというと、実際にあったことをまとめたのだとか。ただし、死んだのは人間ではなく彼の飼っていた猫なのだそうだ。もっとも、その猫はメスで彼女には変わりないのだが。

私はその日、ほんとうに首をくくるつもりだった。
定年を10年も残していきなり会社を首になり、女房はその退職金のほとんどを持ってうかれ鳥のように何処かへ飛んでいってしまった。それが、1年とすこし前のことだ。
もちろん働くつもりはあったのだが、研磨機械の営業ひとすじで20年以上やってきた人間に、そう簡単に再就職の口なんてなかった。そのうちお決まりのスロットに競馬、競輪。雇用保険の受給が終わる頃には、預金残高ゼロ。それに加えて、最近じゃサラ金の催促までやかましくなりはじめている。近未来予想は「サラ金地獄」。
この先そんなにいいこともなさそうだ。そう思ったら、ええい、死んでやれって思ったというわけ。

前の晩アルコールに漬かりながらそう決心したものの、眠ってしまった。自殺も睡魔だけには勝てない。
朝目が覚めた。目をこすりながら新聞受けに手をつっこんだ。新聞と一緒に封書があった。キッチンに戻ってそいつらをテーブルに放り投げ、椅子に座ったところでようやく昨日の“決心”が目を覚ました。我ながら可笑しかった。朝刊に目を通し、おお、昨日も阪神は勝ったか。小泉くんの命もあと少しか……。なんて感想をもらしながら、ロープを用意するっていうのも間抜けな話だ。これから死のうって人間に新聞も旧聞もあったもんじゃない。しかし、なぜか新聞の下にある封書が気になった。元妻からの手紙でよりを戻したいって? ないな。それとも忘れていた親戚が死んで莫大な遺産の通知? まさか。私の身内にそんな金持ちなんかいるわけない。

しかし、どうしてもその手紙を死ぬ前に見ておかなければならないような気がした。それで引っ張り出してみた。宛先前野健治、たしかに私だ。差出人は杉並区A町の篠塚昇介。篠塚……聞いたことがあるような、ないような。指先で乱暴に封筒を引きちぎった。

「秋麗の候、ますますご健勝のこととお喜び申しあげます……」
それは、中学校の同窓会の通知だった。そうだ、町名は変わっているが杉並のA町といえば私が小学生、中学生時代を過ごした町だ。あれから30年以上、あの町へは一度も行ったことがなかった。あのS中学校の3年7組の同窓会だ。篠塚……、思いだしたぞ。演劇部のヤツだ。どうも理屈っぽくて苦手なヤツだった。しかし、誰であっても懐かしいじゃないか。

思い出すな。あの頃はまだ田んぼや畑が残っていた。小学校時代は野球ばかりやっていた。ちょうど6年のときがメキシコ五輪で、日本はサッカーで銅メダル。釜本が得点王になったんだ。あれが第一次のサッカーブーム。私は野球じゃ上手になれないと見切りをつけて中学ではサッカー部へ入ったのだった。楽しかったな中学時代。色気づいたのもちょうどあの頃だったな、ビニ本がブームになってよく友だちと廻し読みしたものだった。
それが父の仕事の都合で、3年の夏休みを前にして私は神奈川のH市へ引っ越した。H市での中学生活は半年あまり。想い出は断然S中学だ。もう一度昔に帰れるとしたら、高校時代よりも、大学時代よりもやっぱりあの中学時代だな。A町か、行ってみたいな。ずいぶん変わってしまっただろうな。

で、いつなんだ同窓会は。10月29日の金曜日、午後6時より、A町割烹「忍田」。29日といえば、おいおい今日じゃないか。やけに急な話だな、配達が遅れたのか?。
……まてよ、そうか私は死ぬんだったな。困った。……まあ、死ぬ前に昔の連中に会うってのも、冥途の土産話にはいいかもしれない。よし、決めた。死ぬのは明日だ。でも、この返信用のハガキを送り返したんじゃ間に合わないな。そうだ、直接行ってしまおう。

そのとき、S中学のサッカー部仲間でいまでも賀状のやりとりをしている高山祐也のことを思い出した。彼も来るだろうか。そうだ、いまから彼に連絡してみよう。私は机の中から今年の賀状を引っ張り出し、高山祐也に電話をしてみた。しかし、何度かけても留守でつながらなかった。ま、いいか。多分夕方逢えるだろう。
そいうわけで私は、首吊りを一時中断して、その日の夕方、同窓会へ出席するためA町へ向かったのだった。


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