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【新生】 [obsolete]

『重太郎は、袋のくしゃくしゃになった新生を取り出して火をつけた。吐いた青い煙が宙にもつれる間、つぎの質問の用意を考えていた。
「その電車は、たしかに九時三十五分着でしたか?」
「それはまちがいありません。私は博多で遊んで遅くなっても、かならずその電車にまにあうように帰るのですから」』
(「点と線」松本清張、昭和32年)

昨今の禁煙・嫌煙現象で、喫煙が犯罪になる日は近い。もはや条例で禁止するケースもある。「あなた、煙草やめますか? それとも人生やめますか?」なんてTVコマーシャルが出てきたりして。
「新生」は戦後まもない昭和22に発売され、その後何度かパッケージが変わり、昭和33年に写真のものに落ち着いた。値段は20本入りで40円。現在も170円で売られているので厳密にいえば“廃物”ではない。当時の愛好家がいまだに吸っているのだろうか。ちなみにピースは当時10本入りで40円、50本入りのピー缶は200円だった。その他、当時の比較的売れていた銘柄の値段は、富士50円、光30円、パール30円(以上いずれも10本入り)、いこい(20本入り)50円。
こうしてみると1本の単価では「新生」が2円と最も安い。労働者の煙草といわれたゆえんである。ちなみにハイライトが発売されるのは昭和35年、セブンスターは44年である。
小説の中で煙草を吸う場面はよく出てくるが、ほとんどは銘柄まで出さない。引用の「点と線」で吸っているのは刑事。水上勉の「爪」(昭和35年)でも「曽根川刑事は、半袖シャツの胸ポケットから新生を一本ぬいて……」という描写がある。取り調べ室で容疑者にすすめたり、刑事には欠かせない“小道具”だった。

「点と線」は松本清張の長編第一作で、昭和32年から33年にかけて雑誌『旅』に連載された。時刻表のトリックを使った斬新な推理小説だった。昭和30年代始めの推理小説ブームの口火を切った作品であり、作家であった。またこの作品は汚職が殺人事件の引き金になっていて、作家がスタートの段階から社会派推理小説を意図していたことが分かる。冒頭の引用部分は福岡署の鳥飼重太郎刑事が、被害者を目撃したという男から話を聞いているところ。鳥飼刑事は「よれよれのオーバーを着た四十二三の、痩せた風采のあがらぬ男……」で、この頃の推理小説に出てくる中年刑事はだいたいこんなところ。つまり、昭和30年代の日本のどの刑事も“コロンボ”を先取りしていたということになる。


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