SSブログ

Who Knows Where The Time Goes [story]

♪ 恋の終わりはいつも同じ
  だけど今度だけ違うの何かが
  回る人生のステージで
  踊るあなたの手ふるえてきれいね
  あなた愛して 気づいたことは
  そうね 私もいつかは 死んでいくこと
  涙流すことないのね
  踊り疲れたら いつかは帰るわ

「踊り子」(詞・曲・歌・下田逸郎、昭和49年)。
現役の吟遊シンガーソング・ライター。元東京キッドブラザースの音楽監督。そのせいかsong、wardともにドラマチックな歌が多い。他では石川セリも歌っている「セクシィ」、「恋に生きる女」、「君が消える日」、「夢かうつつか幻か」などいい歌がある。
この「踊り子」はほとんどカヴァーをしない松山千春がレコーディングしている。中島みゆきの「わかれうた」には♪ 恋の終わりはいつもいつも というオマージュともとれるフレーズがある。
「踊り子」の同名異曲にはフォーリーブス(昭和51年)、村下孝蔵(昭和58年)があり、「踊子」(三浦洸一、昭和32年)なんて古い歌もある。どれもいい歌だ。さらには「ダンサー」あるいは「伊豆の踊り子」のような歌もある。今も昔も「踊り子」という言葉にはドラマチックな匂いがする。

「いらっしゃい」
おやおや、いつもの時間に来るところを見ると、今日もヒマなんだな。いずこも同じ閑古鳥ってか……。
「いつもので?」
『お願いね』
染香さん。ひと月ほど前からここの斜向かいの「マリアンヌ」って店に出てるお姐さん。この時間が休憩時間らしくて、忙しくない時は必ず一杯ひっかけに来る。ここんとこ毎日だから、「マリアンヌ」の繁盛具合がわかろうというもの。それにしてもいくら近いからって、こんな汚い店で休憩になるのかねえ。表通りまで出れば小ぎれいな店があるのに。
『おとといの競馬獲らしてもらったわよ。アリガト』
ジントニックをひと口含んで染香さんはそう言った。めずらしくオレの予想が当たったのだ。
「はあ。たまたまですよ」
『今週はなんだっけ? そうそうダービーね。土曜日にまた教せえてね』
「だめですよ。私の予想なんか信じちゃ。毎度毎度当たるもんじゃないし」
『いいのよ。遊びなんだから』
「プレッシャーですね……」
染香さん。なんか芸者みたいな名前だが、もちろん本名じゃない。年の頃は……。そう、この世界では、年齢、家族、過去は聞かないことがルールなんだ。とはいいつつも、いつの間にやらそうした“隠しごと”が広まってしまうってのも、この世界の常識なんだな。遠目では30そこそこだが、不十分な照明とはいえ、こうしてカウンターの前でまじまじと拝顔すると、ルージュのひび割れといい、目尻、口元の皺といい、まあ40は越えてるんじゃないかな。だけどこの人、手の甲がとてもキレイなんだ。細くてサラッとしてて、まるで少女みたいなね。グラスを持つ手がとてもセクシー。人間歳を隠しきれないのが手だっていうけど、染香さんは例外だね。

『マキちゃん、なんかかけてよ』
「はあ。カラオケでもやりますか」
『まさか。聴衆がアンタひとりじゃ、美声は聴かせられないわ。ハハハハ……」
「かけるって、オーナーの趣味ですからジャズとかラテンとか、古いアチラもんしかありませんけど」
『ハハハ……、このお店にお似合いね。なんでもいいわよ。あと10分ぐらいっきゃないんだから』
染香さん、若い頃はダンサーだったそうだ。そうそう、“マキちゃん”ってのは私のことで。まあそれはともかく染香さんの話。なんでも、いい時は舞台やテレビでシンガーのバックダンサーをしたり、華やかだったらしいよ。でも、どこの世界でも同じだけど、毎年新人が入ってくるとその分、年のいった人間はトコロテン式に追い出される。うまくやる娘は、いい相手みつけて専業主婦になったり、パトロンにダンス教室の資金を出してもらって先生におさまったり。でも要領のわるい娘もいる。そういう娘はやっぱりこっちの世界へ来ることになっちゃうんだってね。
彼女も、舞台じゃ色気を振りまいても、私生活で男に媚びるのは真っ平っていう不器用な質。おかげで気づいたら地方のキャバレーで半裸で踊ってたとか。それでも踊れるうちはまだ良かった。そのうち腰を痛めてギブアップ。いつかもしかって、いまだにレオタードやコスチュームはしまってあるってさ。泣かせるよね。
それでもダンサー辞めたばかりの頃は、銀座のそこそこの店に出てたって。それが、3年経ち5年経ちして湯島、小岩、松戸って、だんだん都が遠くなるって具合。とどのつまりがこの町だもの。それも表通りの店ならまだしも、ここの横丁へ来たんじゃ、わるいけどもう浮かぶ目はないな……。器量だってそんなにわるくはないんだけどね……。

『懐かし~い。マイアミビーチ・ルンバ。ザビア・クガートだっけ』
染香さんが2杯目のジンを飲みながら、オーディオから流れる音楽に瞳を輝かせた。
「さすが、お詳しいですね」
『そうよ。コレでよく踊ったもの。ウレシイ。今日いちばんの良い出来事ね。良い音楽聴かせてくれてありがとね、マキちゃん』
「いえ、こんなものでよかったらいつでも」
……今日いちばんだなんて、そんなこと言わないでくださいよ。まだ夜はこれからですよ。あの目、ホントに昔を懐かしんでるって感じ。きっと、好きな男とうまくいっていた頃なんじゃないかな。
『もっと聴いていたい気分だけど、お店のほうがあるから。じゃあこれで。お釣りはいいのよ』
「まずいですよ。こんなには……」
『いいの。競馬で儲けさせてもらったし、いい音楽聴かせてもらったもの、お安いものよ』
「そうですか。じゃ、遠慮なくいただきます。……そうだ、ちょっと待ってください」
オレはプレーヤーをとめ、ディスクを取りだした。
「お姐さんとこ、CDプレーヤーありますか? そうですか。それなら、これ持ってってくださいよ。そして続きは家へ帰って聴いてください」
『ええ、ホント? いいの? わるいわね。でも、アタシ忘れちゃって返さないかもしれないわよ』
「いいんですよ。貰っちゃってください。どうせ私んじゃないんだから。なんなら他にも何枚か持っていきますか?」
『ハハハ……、バカ言ってるわ。そんなら、遠慮なく借りてくわね、コレ。アリガト』
そう言ってウインクをすると染香さんは店を出て行った。あの後ろ姿、こんな町に置いておくのは惜しいぐらいの貫禄なのにな。なんでかね……。世の中1プラス1は必ずしも2じゃないってことなんだよな……。ああゝ、オレもそろそろ潮時だな……。
染香さんが締め残したドアの隙間から夜の冷気が伝わってきた。それでもオレの指先には、いまさっきCDを渡す時に触れた彼女の手の暖かな感触が残っていた。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。