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When You And I Were Young, Maggie [story]

♪ 名残惜しいはお互いさ 
  涙は門出に不吉だよ
  皆んながジロジロ見てるから
  悲しいだろうがニッコリと
  笑っておくれよ お花ちゃん
  泣いたって泣いたって
  あゝすっかだなかんべさ

「お花ちゃん」(詞・矢野亮、曲・吉田矢健治、歌・三橋美智也&斎藤京子、昭和31年)。
2番以降にも「浮気を起こしちゃなんねえど」とか、「馬コで峠を越えて来な」とか「握った手と手を放すべや」など、東北弁を連発しているが決してコミックソングではない。掛け合いのデュエットソングで、手拍子も自然に出るノリノリの編曲もいい。三橋美智也の高音で軽い感じも曲に合っている。平成元年に出たオヨネーズの「麦畑」はあきらかにこの歌を意識したもの。
この少し前あたりから、地方の若者が大挙して東京へ向かうという現象がはじまっていた。それは高度経済成長を経て昭和40年代まで続く。都会に働きに出て行く男と故郷で待つ恋人。当時はこういう構図の歌がよく目についた。「お花ちゃん」では、男は恋人に、故郷に錦を飾り、お前を嫁にもらうから待っていてくれと誓っているのだが、果たして誘惑の多い都会へ出て行った男たちのどれだけが、その約束を守ったのだろうか。社会的にも個人的にも故郷というものが、今以上に大きな比重を占めていた時代である。

千葉・F市の繁華街から少し離れたところにある「辰ちゃん」は屋号そのままの辰ちゃんと奥さんの静子さんでやっている居酒屋。店内は5坪足らず、客が10人も来れば満席になってしまう小さな店だが、昨年開店35周年を祝った。
辰ちゃんは元ボクサー。ゴールデンタイムにテレビ中継まであったという昭和30年代、辰ちゃんはチャンピオンになった。倒し倒されというファイトぶりで人気を博し、オールドファンならばその名を聞けば頷くはずである。ひしゃげた鼻と、カリフラワーになった耳が、当時の激闘ぶりを物語っている。

東北生まれの辰ちゃん、小学生時代は優等生(本人曰く)、家が貧しく中学卒業と同時に東京へ出てきた。昭和28年のことだった。仕事は印刷会社の植字見習。会社の先輩がボクシングジムに通っていたので、辰ちゃんも軽い気持で見習った。子供の頃からケンカは苦手の辰ちゃんだったが、ボクシングセンスはよかったようで、気がつくと先輩を差し置いてプロのリングに上がっていた。そして数年後にはチャンピオンに。もちろん印刷会社は辞めていた。
「あの頃は一試合すると、ファイトマネーで家一軒建ったんだよなあ」と回想する辰ちゃん「分不相応に入ってきた金は、ちゃんと出て行くんだから、よく出来てるよ」。
回りからチヤホヤされ、酒に女にギャンブルにと、湯水のごとく金を使いまくった。当時有名だった女優の誘いに乗ったこともあったとか。
ボクサーの終着点は悲しい。嫌というほど殴られ、うんざりするほど倒され、ようやくグローブを外す決心をした。引退したとたんに、誰もが忘れてしまったかのように辰ちゃんに声をかけなくなった。
「みんな無くなっちまったけど、それでもここを開く金と、コイツが残ったんだから、マア良かったんじゃねえの」故郷を離れて半世紀以上経っても抜けないナマリのままに、そう言って笑う。
“コイツ”とは現役時代に知り合い、引退後に結婚した愛妻・静子さんのこと。店を開いた当初、経営など知らないから売り上げのすべてを使ってしまった辰ちゃん。そんなダメ主人の手綱を取って店を軌道に乗せたのが静子さんなのだ。今では料理はすべて奥さん任せ。辰ちゃんはお客さんとお喋りばかり。「接待もたいへんなんだよ」と口は減らない。
辰ちゃん、いい気持ちになるとカラオケのマイクを握る。大好きな三橋美智也のヒットパレードだ。「りんご村から」、「哀愁列車」、「夕焼けとんび」……。そしていよいよクライマックスは「お花ちゃん」。静子さんとのデュエットだ。「今日はいいわよ」と軽く拒否しながらも歌の嫌いでない奥さんも調理場から出てくる。静子さんは少し俯き加減で、辰ちゃんはノリノリで歌いはじめる。そして歌が3番に入ると辰ちゃんの目がうるむ。
♪ …………
  握った手と手を放すべや
  別れはまったく辛いもの
  泣いたって泣いたって
  あゝすっかたなかんべさ

果たしてそのとき辰ちゃんの脳裏にはどんな情景が流れていたのか。チャンピオンとしての栄光の日々か、苦しかった少年時代か、それともいつか話していた故郷での初恋物語なのか。手拍子を合わせるお客さんたちには、もちろんうかがい知ることができない。


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